EZO -いいぞ-

1分で考えたブログ名。特に、意味はない。

デザインの『敗北』は存在するか?

最近、新紙幣の発表がありましたね。この見た目について見た目がカッコ悪いとかパッと見て区別がつくから便利とか、いろんな意見があるようでした。

togetter.com

そしてこれについてTwitterで検索してみると、ちょくちょく『デザインの敗北』という単語が使われていました。この単語はトイレのサインが話題になったとき以来に見たので、気になって少し調べてみました。

※以下、プロのデザイナーでもない素人の考えたことです。おかしな点や間違った解釈など、ご指摘いただければ修正いたします。よろしくお願いいたします。

そもそもどんな意味?

デザインの敗北 [検索]

すると、以下のようなページが沢山出てきました。巷では「見た目のカッコよさを重視するあまり使いづらい、分かりづらい」「テプラで文字補足されたら負け」「本末転倒」あたりが定義のようです。

matome.naver.jp

Deskgram - #デザインの敗北

セブンイレブンのコーヒーマシンが話題に上がることが非常に多いです。 ちなみに、さらにこのコーヒーマシンについて詳しく考察した記事もありました。

jun-jun.hateblo.jp

この記事にあるのは、件のコーヒーマシン問題の原因は「セブンイレブンがこのコーヒーを企画した時点でターゲット設定を誤った・予測しないターゲットがお客さんになってしまった」という説です。

xenodesign.org

こちらの記事では、洗練された雰囲気を演出するのはセブンカフェのプレミアム感を担保するためであり、変えることは難しいのではないかとされています。

また、ある方がデザインの敗北という言葉に違和感を覚え、それについて書かれたnote記事もありました。

note.mu

デザインとは使用者のために行うものなので、それが「使いづらい」時点でそれはもうデザインが成立していないという論です。

敗北という単語を使うのは正しいのか?

さて、デザインの『敗北』と言うからには、『勝利』した例もあってしかるべきです。 きっと何かと戦って勝敗が決まり、デザインは敗北したのですから。

デザインの勝利 [検索]

nishii-showten.com

togetter.com

上の記事は、あえて柵を微妙な角度にすることによって、注意書きやガイドが無くても人々が自然に歩き回るようになるという例。 下のまとめで言われているのは、優れたデザインはそれが自然であると人間が受け入れられるので、ガイドなどはいらないということ。

特にトイレドアの例は非常にわかりやすいです。このデザインがされていない場合、ドアの前まで行って鍵の部分を注視し、色が赤くないこと(鍵がかかっていないこと)を確かめて初めてトイレの個室に入れます。

また、最近こんなツイートもありました。

これらがいわゆるデザインの『勝利』ということでしょう。 つまり、ガイドや文字情報をあとから追加されてしまう『敗北』と真逆で、何の説明も無くても自然と使えてしまうプロダクトです。

ここまで、勝負の要素はあったでしょうか?デザインは何と戦っているのでしょうか?

見た目をカッコよくするために使いづらくなってしまった製品。それはデザインの『失敗』ではないのでしょうか。 人々がパッと見ただけで自然に使い方を理解できる製品。それはデザインの『成功』と言ってはいけないのでしょうか。

言葉のちょっとした違いだけと言われるとそれまでですが、敗北や勝利といった単語にはどうしても違和感を覚えます。 コーヒーマシンのデザインは何に負けたのか。トイレのドアは何に勝ったのか。

少しズレますが、こういうTogetterもありました。

togetter.com

これらのツイートが本当なら、非常に切ないです。デザイナーは妥協せず良いものを作ろうとしているのに、肝心のアイディアが通らない。 このままではデザイナーは考えるだけ無駄になるので、デザインの敗北というヤツはますます増えていくのでしょう。

……とは思いますが、この例を見てもやはり敗北しているのはデザインでは無いと思います。

このTogetterからわかるのは、「デザインの敗北」と呼ばれる何かは「デザイナーの敗北」によって引き起こされることもある、ということです。 敗北と言っても、もちろんデザイナーさんが悪いわけではありません。単純にパワーの問題として「決定権を持つ役職」>「デザイナーという役職」になっているのだと思います。難しいです。

デザインの成功例が増えてほしい

では、セブンカフェのコーヒーマシンのような悲劇を減らすにはどうしたら良いのでしょうか。

まず前提としてですが、ひとつのプロダクトで全人類絶対ハッピーみたいなプロダクトはあまり現実的ではないと思います。どんなに優れたデザインであっても、ターゲットは絞られています。非常に極端な例ですが、先程のトイレのドアも目が見えない方にとってはあまり有効では無いでしょう。柵の話も、いい景色を写真に収めたいというユーザーにとっては今ひとつと思われるかもしれません。

拾った画像なので出典不明で申し訳ありませんが、以下のような例えはわかりやすいです。

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ターゲットを絞らないとこうなるという例

以前、「誰のためのデザイン?」という本を読みました。「アフォーダンス」「シグニファイア」「概念モデル」「制約」「対応づけ」といった専門的なワードが多く登場しますが、その道具を渡されたときに瞬時に使い方を理解して効果的に利用できるようにすることがデザインである……といったことが書いてあります。間違っていたら教えてください

例として、再び以下のブログ記事を引用します(またセブンカフェです……)。

xenodesign.org

これはテプラの補足シールがお客さんにボタンだと思われてしまい、二重でデザインを失敗しているという例です。上述の本の用語を借りると、アフォーダンスやシグニファイアあたりの問題になるのではと思います(間違っていたら教えてください)。

このマシンは「このコーヒーを買うときはこのボタン」という操作を覚える・もしくは文字を読んで操作を理解する必要があるため、デザインが上手くいっていないことになります。

自然に行動をとれるプロダクトがベストということは、取扱説明書があったら負けというレベルでそれを意識するべきだと思います。

余談ですが、アフォーダンスやシグニファイアまわりを間違えるとこういうことも起きるみたいです。

押しちゃいけないものなのに、ドアを開けるにはこれを押せと言っているかのような配置ですね。

ぼくがかんがえたさいきょうのこーひーましん

せっかくなので、最強に使いやすいコーヒーマシンを妄想してみました。ただし、今回はカップ入手までは従来どおりと想定しました(ホットはレジで頼む、アイスは冷凍庫からレジに持って行って買う)。

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ボタンが無いから迷わない!気がする。

このようにコップのほうに予めコーヒーのサイズとHOT/ICEをバーコードやQRコードで印刷しておきます。お客さんはこのコップを買い、セルフサービスコーヒーマシンの前に行く。マシンにはコップを置く場所があり、そこに置くだけでマシンがバーコードを読み取り、ランプ点灯+ピッという音等とともにコーヒーを淹れ始めます。お客さんは進捗ランプを眺め、淹れ終わったらカップを持って店を後にします。

なんなら、コーヒー1杯のためにコンビニのレジに並びたくないという人もいるでしょう。コーヒーマシン自体に硬貨投入口なりIC読み取り機なりQR決済装置なりをつけておけば、お客さんは棚からコップを取ってマシンに直行、お金を払うと同時にコーヒーが淹れられ始める……というフローも可能なのではないでしょうか。

余談:デザイン性という言葉

プロダクトやソフトウェアについて言うとき、よく『デザイン性』という言葉、そして対義語として『機能性』という言葉が用いられます。 ここでのデザインという単語は設計の中のビジュアル面だけを指していて、使いやすさなどの面は機能という単語に含めていると思われます。

しかし見た目と機能をよしなにしてバランスをとる(と言うと抽象的で語彙力がないですが)ことが設計を意味するデザインという単語ですので、紛らわしいと思います。 機能性はまだしも、見た目のことに関しては『ビジュアル面』『美しさ』『素敵性』みたいな、他の単語に置き換わると良いのかも、と思ったりしています。

まとめ

「世の中に存在するヒューマンエラーはだいたいデザインが悪いせい」と、前述の「誰のためのデザイン?」には書いてあります(間違っていたら教えてください)。

説明書が絶滅してすべて直感で操作できるような、そんなモノに囲まれた生活が正解ということかもしれません。きっとあらゆる行動がシームレスに繋がって快適なんだろうなあ(妄想)。

タイトルと全然違う話に落ちてしまった気もしますが、結局デザインの『敗北』って何なんでしょうか。誰が『勝利』したんでしょうか。